経験

日本社会にほんしゃかいきる人々ひとびととの対話たいわ

2022.04.19

金志唯さんー社会制度によって作られ、排除される自分を乗り越えるために


金志唯さん-社会制度しゃかいせいどによってつくられ、排除はいじょされる自分じぶんえるために

 

わたし両親りょしん韓国人かんこくじんです。両親りょしんわたしまれるまえから日本にほんに来ましたが、それ以来いらい日本にほん生活せいかつしています。はは韓国かんこく実家じっか里帰さとがえ出産しゅっさんをしたのでわたし出生地しゅっしょうち韓国かんこくですが、すぐに日本にほんて、それからずっと日本にほんそだちました。けば日本語にほんご自然しぜんいていて、とくこまったおぼえはありません。

 

キムさんは韓国かんこくにルーツをっています。でも、それは韓国語かんこくご能力のうりょく関係かんけいはありません。

 

-どちらかといえば言語げんご大変たいへんだったのは韓国語かんこくごほうでした。わたし両親りょしん日本語にほんご堪能たんのうで、家庭かていでは日本語にほんごおも使つかっていたので家族かぞくとの会話かいわ問題もんだいありませんでした。ただ、わたし韓国語かんこくごがあまり得意とくいではないので、韓国かんこく祖父母そふぼ親戚しんせきとの会話かいわには苦労くろうしました。また、日本にほんでも「韓国語かんこくごできるの?」「なにはなしてみて」「韓国語かんこくごえて」などとわれることが度々たびたびあったのですが、じつは普段あまり韓国語かんこくご使つかわないわたしには少々しょうしょう負担ふたんで、次第しだいに「韓国人かんこくじんなのに韓国語かんこくごができない」と韓国語かんこくごへの苦手意識にがていしきつよくなっていきました。大学生だくがくせいになるころには、自己紹介じこしょうかいさいに「キムです。韓国人かんこくじんですが、韓国語かんこくごはできません」と自分じぶんからわらばなしにするようになりました。先手せんてってしまえば、「韓国語かんこくごできるんでしょ」とかれることもってらくだからです。

 

自分じぶんのルーツのことで差別さべつされることもいやおもうこともありませんでした。

 

韓国語かんこくごかんしてはむかしからコンプレックスがありましたが、それ以外いがいでは自分じぶん外国人がいこくじんだからといやおもいをしたり、自分じぶんのルーツをにしたりすることはあまりなかったとおもいます。留学生りゅうがくせい家族かぞくなど地域ちいき外国がいこくひとたちが何人なんにんかいたのもあって、理解りかいのある地域ちいきだったのだとおもいます。両親りょしん韓国人かんこくじんで、いえでは日本語にほんごにまじって韓国語かんこくご使つかわれたり、日本にほん料理りょうり韓国かんこく料理りょうり一緒いっしょ食卓しょくたくならんだり、たまに韓国かんこくのおじいちゃんおばあちゃんにいにったり、そうした生活せいかつわたしにとってそんなに特別とくべつなことではなく「ふつう」のことでした。友達ともだち日本人にほんじんで、わたし韓国人かんこくじんであることをもちろん理解りかいはしていましたが、だからといってなにわらない、おなじだとおもってにしていなかったです。

それでも日本にほんでは制度せいどによって排除はいじょされてしまいます。

 

-でも、高校生こうこうせいになって将来しょうらいしたい仕事しごとを考えたときに、はじめて自分じぶん外国人がいこくじんであることのかべにぶつかりました。日本にほんでは外国籍がいこくせきだと国家公務員こっかこうむいんなどいくつかの職種しょくしゅけなかったり、一定以上いっていいじょう階級かいきゅうへの出世しゅっせができなかったりするそうです。それをったとき、はじめて「自分じぶん外国人がいこくじんなんだ」と実感じっかんしました。

 

社会制度しゃかいせいどによる排除はいじょえるために自分じぶんえることにしました。

 

わたし教育学部きょういくがくぶ進学しんがくしたのですが、外国籍がいこくせきでも教員きょういんにはなれるものの管理職かんりしょくなどにはなれないとのことだったので、就職しゅうしょくするまえ日本国籍にほんこくせき帰化きかしようとめていました。「管理職かんりしょくになりたい!出世しゅっせしたい!」というよりは、みんなとおなじようにこれまで日本にほん生活せいかつしてきて、おなじように勉強べんきょうしても、おな条件じょうけんはたらけないということがいやだったからです。

 

制度上せいどじょうのラベルがつく多様性たようせい当事者とうじしゃになりました。

 

 

-だけど20歳はたちころいざ帰化きかしようとすると、本当ほんとう韓国国籍かんこくこくせきから日本国籍にほんこくせきえてしまってよいのか、後悔こうかいしないか、とてもなやみました。自分じぶんたして韓国人かんこくじん日本人にほんじんか分からなくなって、一度いちど帰化きか申請しんせいするのをやめてしまいました。その韓国かんこく短期留学たんきりゅうがくしてみたり大学院だいがくいん進学しんがくして外国がいこくにもルーツをもつどもにかんする研究けんきゅうんだりする中で帰化きかすることをめ、無事申請ぶじしんせいとお日本国籍にほんこくせきになりました。ちち帰化きかをしたので、いまではちち日本人にほんじんはは韓国人かんこくじんです。それだけくとわたしはハーフ、ダブルのようにもみえるかもしれません。それをおもうと、国籍こくせきというラベルはなんとも不思議ふしぎでおかしなものだなあ、ともかんじます。

 

自分じぶんい、なやむことはだれにでもあります。

 

 

自分じぶん韓国人かんこくじん日本人にほんじんか、帰化きかするべきかするべきではないのか、ひとりでぐるぐるとなやんでいるあいだわたし自分じぶんがひとりぼっちのような気持きもちになりました。韓国かんこくで育った韓国人かんこくじんである両親りょうしんともちがうし、日本人にほんじん友達ともだちともちがう。自分じぶんだけがこんなことになやんでいるのかもしれない、とおもいました。でもおなじように外国がいこくにもルーツをもっておなじような気持きもちになったというひとたちに出会であって、これはわたしだけじゃなかったんだとホッとしました。

 

これからは自分じぶん経験けいけんつぎ世代せだいどもたちのためにかしていきたいです。

 

-もちろんたルーツをもっていてもひとはそれぞれですから、まったくちがう経験けいけんをしてきたひともいるはずです。それでも、たしかにわたしおなじような問題もんだい直面ちょくめんし、それをえてきたひとたちとの出会であいはわたしにとっておおきなはげみになりました。だからいま今度こんどわたしが「わたしはここにいるよ」と伝えたいです。こんなひとがいてこんなことをおもっていることを、境遇きょうぐうひとやそのまわりのひとたちにってもらえたらとおもいます。複数ふくすうくににまたがってそだどもたちがありのままの自分じぶんきとらすことをねがって、わたしはこれからも教育きょういくたずさわっていきたいなとおもっています。

 

わり)