強者きょうしゃと弱者じゃくしゃの論理ろんり－金信雄キムシンウンさん

幼おさない頃ころの話はなしだ。春はるになると、学年がくねんが上あがって、新あたらしい担任たんにんの先生せんせいと出会であう。毎年まいとしそれが繰くり返かえされる。

「大変たいへんな中なかで、信雄シンウン君くんは本当ほんとうにいい子こに育そだちましたね。えらいね。」

これは、学年始がくねんはじめに行おこなわれる面談めんだんで、私わたしが聞きかされた言葉ことばである。中学ちゅうがく３さん年生ねんせいまでは毎年まいとしずっと聞きいていた。この話はなしの背景はいけいには、私わたしの家庭環境かていかんきょうがあまり豊ゆたかではなかったという事実じじつがある。私わたしが３歳さんさいの時ときに、両親りょうしんが離婚りこんした。それ以後いごは祖母そぼが育そだててくれた。経済的けいざいてきにも、いわゆる貧困層ひんこんそうの位くらいである。授業じゅぎょうで「皆みなさんの一週間分いっしゅうかんぶんのお小遣こづかいはいくらですか？」と質問しつもんされた時とき、「私わたしはお小遣こづかいをもらっていません」と答こたえる子こであった。ともあれ、そういう家柄いえがらの子こが、学校がっこうでは先生せんせいの指示しじを率先そっせんして従したがう模範生もはんせいであったため、そのように評価ひょうかしてくれたのであろう。年ねんに一度いちど、全まったく同おなじ言葉ことばで褒ほめられていると、いつからか私わたしは気付きづいていたと思おもう。自分じぶんが、社会しゃかいの弱者じゃくしゃとして扱あつかわれていることを。

貧乏びんぼうだから、他人たにんと違ちがうから、弱者じゃくしゃだからといって、私わたし自身じしんが大変たいへんな思おもいをしたことは大たいして無ない。小学校しょうがっこうの頃ころ、私わたしは同年どうねん代だいの子こよりも背せが大おおきかったし、口喧嘩くちげんかでは負まけた記憶きおくが無ない。しかし、あくまで私わたしの場合ばあいであった。学校がっこうには色いろんな「弱よわい子こ」がいた。その子達こたちが大変たいへんな羽目はめになる光景こうけいを、幾度いくども目めにした。好すきな特撮とくさつヒーロー物ものの影響えいきょうだか、私わたしはその度たびに彼かれらの味方みかたを自称じしょうしていた。それが格好良かっこういいと思おもったのもあったが、「なぜこの子こは僕ぼくみたいに立たち向むかえないんだ？」と不思議ふしぎに思おもっていたからだ。これが通用出来つうようできたのは小学校しょうがっこうの頃ころまでだったが、少すくなくとも弱者じゃくしゃよりになる傾向けいこうはこの頃ころから始はじまったと言いえよう。

より弱者じゃくしゃと少数者しょうすうしゃに関心かんしんを持もち始はじめたのは、中学生ちゅうがくせいの頃ころに労働者人権ろうどうしゃじんけんに興味きょうみを持ってからである。要点ようてんのみを取とり上あげると、ここで私わたしは強者きょうしゃを抱かかえ込こみ、弱者じゃくしゃを放ほうり出す社会しゃかいのあり方かたを悟さとって、それを【強者きょうしゃと弱者じゃくしゃの論理ろんり】と自分じぶんなりに定義ていぎした。ちょうどこの頃ころ、【ゲイ】という概念がいねんに初はじめて触ふれた。その前まえから男同士おとこどうしで恋こいをする、もしくは性的行為せいてきこういを行おこなうことについては知しっていた。当時とうじはゲイポルノがインターネットの面白おもしろネタとして消費しょうひされることが流行はやっていた時期であったため、その前まえまでは自分じぶんも面白おもしろがっていた。しかし【ゲイ】が単純たんじゅんに男同士おとこどうしの恋こいのことを示しめすことではなく、社会しゃかいの多数派たすうはとは違ちがうせいで大変たいへんな思おもいをしている弱者じゃくしゃたちのことだという事実じじつを、この頃ころようやく理解りかいしたのであった。

テキストで読よんだ男性だんせいカップルの養育里親よういくさとおやに関かんする記事きじは、同性どうせいカップルと里親制度さとおやせいどについての話はなしである。少数者しょうすうしゃ・弱者じゃくしゃの話はなしになると、私わたしは読よみながら感情かんじょうを移入いにゅうせざるを得えない。この記事きじは文頭ぶんとうから、同性どうせいカップルが里親さとおやとして“初はじめて”認定にんていされたことを取とり上あげている。ということは、それまでには全まったく認定にんていされて来こなかったということだろう。私わたしは悔くやしい気持きもちが湧わいた。ここでも強者きょうしゃと弱者じゃくしゃの論理ろんりが作用さようしていると思おもった。従来じゅうらいの制度せいどは異性いせいカップルを抱かかえ込こんで、同性どうせいカップルを放ほうり出だしている。記事きじの内容ないようは祝しゅくすべきだとは思おもうが、未いまだに同おなじスタートラインにすら立たてていない。悔くやしくてたまらない。ネガティブな感情かんじょうを消けしきれない。

性的せいてき少数者しょうすうしゃたちに、強者きょうしゃと弱者じゃくしゃの論理ろんりは社会しゃかいの数多あまたなところで影響えいきょうしている。世よの中なかのあらゆる制度せいどは、少数者しょうすうしゃたちにあまりにも過酷かこくな基準きじゅんで作つくられているのだ。先程さきほどの記事きじでは変化へんかに成功せいこうした事例じれいが紹介しょうかいされているわけだが、変化へんかに失敗しっぱいした事じ例れいもたくさんある。去年韓国きょねんかんこくでは、あるトランスジェンダーの軍人ぐんじんが話題わだいとなった。下士官かしかん[1]변희수(ビョン・ヒス)はMTF（Male To Female）手術しゅじゅつを受うけ、女軍じょぐんとして服ふくすることを嘆願たんがんした。彼女かのじょは上官じょうかんの許可きょかの下もと、適切てきせつな手続てつづきを踏ふまえてそれを実行じっこうしていた。同僚どうりょうたちも彼女かのじょを応援したという。しかし、驚おどろくべきことに、国くには彼女かのじょを拒絶きょぜつした。軍首脳部ぐんしゅのうぶは彼女かのじょを心しん身障害者しんしょうがいしゃと見みなし、強制退役きょうせいたいえきの処分しょぶんを下くだした。ビョン下士官かしかんは、自みずから命いのちを落おとした。それから１いち年以上経過ねんいじょうけいかした現在げんざいも、軍ぐんは何なにも変かわっていない。

幼おさない私わたしが抱いだいた不思議ふしぎ、「なぜこの子こは僕ぼくみたいに立たち向むかえないんだ？」ということは、私わたし自身じしんが一面いちめんにおいては強者きょうしゃだったから言いえたことに過すぎない。強者きょうしゃと弱者じゃくしゃの論理ろんりを自覚じかくしてからは、弱者じゃくしゃが如何いかに立たち向むかおうと社会しゃかいは何なにも変かわらないという悲観論ひかんろんが可視化かしかしてくる。ビョン下士官かしかんのことを考かんがえると尚更なおさらだ。しかし、少すこしずつ社会しゃかいが変かわっていくのもまた事実じじつである。悲観的ひかんてきに捉とらえて絶望ぜつぼうするのは、この不条理ふじょうりを変かえようと力尽ちからつくしてきた人ひとたちに申もうし訳わけない。私わたし自身じしん、決けっして積極せっきょく的てきに社会改革運動しゃかいかいかくうんどうに励はげむ人間にんげんではないが、社会しゃかいのあり方かたを変かえていきたいと強つよく願ねがっている。自分じぶんなりに出来できることを探さがしていきたい。

[1]  日本国自衛隊にほんこくじえいたいの三等陸曹さんとうりくそうにあたる階級かいきゅうである。

（終おわり）