日本社会を生きる人々との対話へ
マットさん―人生と人間を豊かにする文学で生きていきたい
マットさん―人生と人間を豊かにする文学で生きていきたい
―チェコの大学は基本的に3年間しかありませんけど、ちょうど2回生を終えた頃、2年間勉強してから東京の大学に留学しました。そこで1年間勉強して国に帰って、すぐまたここに来ました。
チェコ出身のマットさんは再び交換留学生として来日した文学青年です。
―そもそも文学自体が好きなんですけど、日本の作家には自分と合ってるスタイルで書いてる人が結構いますし、日本文学も好きです。文学をとおしたら文化をもっと理解できるところもありますし。
さらにいうと文学が大好きな元理系男子です。
―私の今の専攻は日本文学ですが、もともと1年間違う大学でプログラミングをやってました。理系でした。
好きなことそれを仕事にすることとは違うとわかりました。
―数学とかパソコンいじってることとか、プログラムを作ってることとか、それはもう中学生の頃から結構好きで、趣味としてやってきました。ですけど、やっぱり大学のレベルで勉強したら、すごく嫌になって。仕事としてこれやったら、近いうちに自殺するかなと(笑)初心者向けの仕事はとても機械的で、いつも同じような仕事だし。
それに、理系の人とのつき合いはちょっと苦手でした。
―もちろん理系の大学、友達が結構いましたけど、周りの人のほとんどはちょっと何か違う人間だなって。やっぱり理系の学生とは何か雰囲気があんまり合わなくて、パソコンとか数学とか大好きですけど、やっぱり心の中で一番好きなのは文学とか、そういう文系的なことかなと、思うようになりました。理系の学生の中で、え?本?小説?それ何の意味がある?みたいな人がいっぱいいますよ。
思い切って大学を受験しなおすことにしました。
―もちろん文学が最初のきっかけで一番好きなところでしたけど、やっぱり日本語とか日本の歴史とか社会のこととかも勉強したいと思って、大学を受験しなおしました。
文系の人とは自分らしくいられます。
―正直言うと、初めての今の大学の授業を受けて1週間がたたないうちに、この人たちと何年間もいろいろしてるなみたいな感じになりました。もちろんみんなとすごい仲よくできたわけではないんですけど。初めての授業のあと、じゃあ、一緒にどっか食べに行こうみたいなことになって、何かわあーっと話が盛り上がりました。音楽でも映画でも日本のことでも、あ、やっぱり私のことわかってくれる、わかる人が周りにいる、そういう感じでした。
文転は別にそんな大したことではないです。
―プログラミングも言語学です。プログラミングというのは数学的な言語学とも言えますし、実は理系大学の数学言語学の授業を取っていた人の中にも、今の大学で勉強した言語学の研究やっている人とか結構います。プログラミングとかに向いている人は言語学習に向いているっていう研究もあって、実は今の同級生の中で理系をやめた人が結構います(笑)
私の小説好きは子どものころからです。
―確か、文字が読めるようになったのは4歳の頃で、すごいちっちゃい子どもの頃から文字をすごい魅力的に感じていました。なぜかわかりませんけど(笑)。それで、4、5歳の頃から小説をいつも読んでました。まあ5歳のときは冒険小説とかで(笑)、わからないところもいっぱいありましたね。子どものときから自由時間があったら結構本読んだり、簡単で読みやすい小説だったら、昼休みとか電車に乗ってるときとか、時間にちょっとだけの隙間があったらちょっとだけ読んでました。もちろん難しくて読みづらい小説の場合は、ちゃんと時間作って2時間、3時間ずっと読まないといけません。
小説が好きになったのは家庭環境が大きいです。
―両親も家族みんなが本が好きだっていうこともありますけど、一番大きいのは単なる年齢の差。家族親戚の中で同い年の人は誰もいません。チェコ人の家族のほとんどは、週末とかに近くに住んでる親戚とかがみんな集まってわいわいすることが結構あります。でも、私の家族の場合は、同い年の人が誰もいなくて大人ばっかりだったら、ずっと大人の話に囲まれて何かつまんなかったんですよ。めっちゃつまんなくて、もうつまんなくてたまらないと思って、小説読もうとか。ゲーム機を買う余裕もなかったのでゲームとかではなく。
チェコでは子どものころから英語に触れる機会が多いです。
―チェコじゃみんな小学校2年生のときから英語勉強しています。あと、チェコは小さい国で、映画もほとんど字幕つきしかなくて、あと、特にゲームは翻訳されていません(笑)。全部英語です。だから、英語の単語とかは自然に頭に入ります。例えばゲームやったり、カードゲームとか、そういう何かファンタジーっぽいことに興味ある中学生とかは自然に英語が上手になることが結構多いです。
原作で読む魅力を知りました。
―それで、まだ14歳ぐらいのとき好きなファンタジー小説のシリーズがあって、ちょっと哲学的な、ちょっと難しいやつなんですけど。それ、10冊中4冊しかチェコ語に翻訳されてなくて、続きを見たいと思ってAmazonから英語版買ったら、難しいけど読めるなと、その面白さがわかって、原作を読むことの魅力をそのとき知りました。
日本のことは何も知りませんでした。
―中学生の頃までずっとファンタジー小説とか、いろんなヨーロッパのほかの国のクラシックとか、いろいろ読んでましたけど、日本の小説を読もうとは1回も思いませんでしたね。正直言うと、そのとき日本と中国と韓国とあまり区別がつかなかったぐらい何にも知らなかったです(笑)
日本を知ったきっかけは黒澤明の映画です。
―でも、黒澤の映画のおかげ、それが日本を知るきっかけになりました(笑)。中学校4年生のとき、学校で世界の映画の名作を知ろうみたいなちょっとプログラムがあって、1か月に1回、映画の名作をみんな見に行くっていうことでしたけど、そこで黒澤明の『七人の侍』とか『羅生門』とかを見て、そのとき日本のことを知りました。
日本の歴史、日本文学、日本語、知りたい世界が広がりました。
―何か日本の侍とかかっこいいなと思って、じゃあ、歴史についてちょっと読みましょうって、とりあえず歴史についてちょっと自分で勉強して。もちろん歴史的な背景もかっこいいなと思いましたけど、それをきっかけに文学も読み始めました。あと、日本語の映画を見て、確かに日本語の響きも結構気に入りました。それがなかったら、日本語勉強しようとはたぶん思っていません(笑)
母も日本の小説を薦めてくれました。
―日本の文学を読むきっかけは母に薦めてもらったこともあります。映画がきっかけで日本の歴史を勉強して、そのとき両親とその話ちょっとだけしたら、母が阿部公房の小説を薦めてくれました。母は結構文学好きで、若い頃、いろんな国のいろんな小説を読んでましたし、阿部公房と谷崎潤一郎ぐらいは読んでいたようです。
日本語の勉強をやってみましたけど、一人じゃ続きません。
―私が高校3、4年生、ちょっと日本語を自習してみたんですけど、あまり進まなくて(笑)文法の説明とか例文とか、練習問題とかネットでいろいろあります。みんなの日本語のPDFもダウンロードして。ネットで自習している人のコミュニティとか、そういう人向けのサイトとか結構あります。それで相談に乗ってくれたり、いろんな話し合ったり。いろんな国の人で全部英語の掲示板なんですけど(笑)、もう存在しないと思います。何か英語の2ちゃんねるみたいな結構やばいサイトです(笑)。いろんな掲示板があって、日本文化についての掲示板も一つだけありました。でも、やっぱ一人でやったらあまりやる気出ませんね。
日本語を勉強するより日本語で小説を読みたかったです。
―結局、そのあと、理系の大学に入ってから1年間日本語を取ってました。でも、やはり、私にとって日本語の勉強は日本語を勉強しようっていうより、小説をもっと読もう、それぐらいの感覚です(笑)。チェコ語と英語でいろいろ読んで、英語の小説なら自然に読めるぐらいのレベルになったので、やっぱり翻訳じゃなくて、原作で読んだら何か違うなって思い始めて、ちょうどそのとき、やっぱり好きな日本の小説も日本語で読んだら、もっと楽しめるかなって思っていました。
日本語を勉強してからじゃないと小説が読めないなんてことはない。
―日本人と飲みに行ってちょっとだけ飲んだら、間違いだらけでもいいじゃんっていうことになっちゃって、結構面白い話ができたりするので、日本語を実際に使う前にいっぱい勉強しておく必要ってないですよね。習ったことをちゃんと実用してみたら、そのおかげで早く自然に使えるようになることがあります。読書も同じです。今の同じ寮に住んでる人とかクラスの同級生とかそういう人の中で、日本語3年間、4年間勉強して、すごい上級レベルになっても小説なんて読めないって思い込んでる人が、実はたくさんいます。それ見たら、やっぱりちょっと悲しいな。頑張れば初中級ぐらいのレベルの人でも簡単な小説読めるのに。僕なんか小説が読めるようになるのが最初の一番大きい目的で、1年半ぐらい経って初めて小説に挑戦してみました。確か250ページぐらいの小説で2か月ぐらいかかりましたけど読めました。そのときは、そっか、今はもういろいろできるんだっていうふうに考えて、無理だと思ってもとりあえず挑戦してみようっていう考え方がついたと思います。それがなかったら、上級ぐらいのレベルになっても、これはできないかもな、難しいなと思っちゃう人になっていたかもしれません。それはもったいないですね。
読書メーターのおけがでやる気が出ます。
―日本の小説はずっと読み続けてます。何か英語圏のネットで映画メーターとか、漫画メーターとか、アニメメーターとかいろいろありますが、僕はそういうの結構好きで、読書のためのそういうサイトがあるのか検索してみました。それで読書メーターを見つけました。読書メーターは留学の最初の頃から使ってます。基本的にそういうサイトが好きで(笑)、そういうサイトがあったら、もっとやる気が出ます。
その理由は読書リストです。
―一つの魅力はリストが出ていることですね。そのリストを見て、いろんなっていうか、今まで何冊読んだとか、平均的に1か月3.5冊とか、そういう統計がちゃんと出るので、それは魅力の一つです。もう一つは、そのサイトは、ユーザーが今まで読んだ本とか見たアニメとかの中でとにかく気に入る可能性の高いものをすすめてくれます。それはたぶん一番いいところだと思います。面白い小説をいっぱい見つけました(笑)
人とつながることもできます。
―サイトでは本名は出てきませんけど、トピックとかグループがありますね。例えば、「京都が舞台」とか。で、そのグループでほかの人に小説をおすすめしたり、その話したり、いろいろできます。この人、面白い小説読んでるなって思ったら、その人のリストを見ます。で、その人が最近いっぱい読んでいる作家を見たら、あー、この作家、面白いかもしれないな、読んでみようと思っちゃいますね。あと、お互いのレビューとかコメントもすることができます。どんな人か知らないけど、一応友達みたいな感じになって、ネット上で。
統計もすごく自分のやる気を引き出します。
―あと、すごい自分のモチベーションになるのは、例えば、2年前の統計と今の統計を比べてみて、今の統計が少なかったら、全然進んでないと思っちゃうときありますね。逆に、統計とかを振り返ってみて、あ、ペースめっちゃ速くなったじゃんっていうときは、やる気が出ます。
文学のおかげで知り合った人はいっぱいいます。
―サイトで顔も知らない人だけじゃなくて、今は隣の大学の文学サークルがやってる読書会にたまに行ってます。月に1回とかじゃなくて、興味ある小説で時間があったら行きます。月2回ぐらいかな。担当者さんがあらすじとか分析とかを発表して、そのあとでみんなはお互い感想を言ったり、ちょっとディスカッションしたり、その小説のファンの人たちが集まって、何かいろいろ話してます。文学専攻している人もいれば、ただ読書の好きな人もいます。
小説に出てくる喫茶店で文学の話をします。
―たまに行く喫茶店があります。その店はちょっと独特の雰囲気があります(笑) 森見登美彦という好きな作家がいて、『四畳半神話大系』って小説の中で京大のあたりとか左京区とか結構出てくるんですけど、その店も小説に2回ぐらい名前が出てきたと思います。いわゆる聖地巡礼する人も結構来ます。だから、とにかくその店に読書しに行って、で、隣に座った3人の学生は一生懸命その小説の話してるのを見たら、やっぱ何か言いますね(笑)もちろん恥ずかしいし、勇気が必要なんですけど、すごい気の合いそうな人がいたら、やっぱり声かけますね。ていうか、声をかけられることもありました。そこで文学の話とか適当に(笑)
偶然の出会いもあります。
―鴨川の川辺に座ったり、小説を読んだりしたら、誰かに、地元の人に話しかけられることもたまにあります。何読んでるんですかって感じ(笑)たまに、ありますね(笑)
2回目の留学では自分を超えようと思いました。
―前の留学のときは、こんなことあんまりしてませんでした。いわゆる冒険っていうか、普段全然しないこととか、あんまりしなくて。何か面白いことを見て、じゃあ、これやってみようみたいなこと、あんまりやりませんでした。だから、今回はたまにそういうことをやってみようと思って、自分の勇気のなさをちゃんと超えようとか、ちょっとだけ思いました。正直に言うと、自分の中で一番強い気持ちは、日本にいる時間が限られてるので、勉強もしたいんですけど、ヨーロッパに帰ると、もう、鴨川行ったり、神社行ったり、いろいろ面白いところ行ったり、人と話したりすることはもうできませんから、それを優先する気持ちが結構強かったです。
私の文学への思いは、両親の思いでもあるのかもしれません。
―実は私の両親、2人とも大学に入れませんでした。共産党の頃、納得できないってことを見せたい人は、選挙の紙とかじゃなくて、適当に紙くずとかを入れたんです。でも、誰がそれをしたかちゃんとわかって、両親はちょっと政治的に望ましくないことしてるっていうふうに指摘されたせいで大学に入れませんでした。入試とか受けても入れませんでした。それで母は印刷社で働いてて、父はコップとかお皿とかを作ってる工場で。2人とも文学もそうだし、文学だけじゃなくていろんな知識があったら、もっといい人生を、もっといい人間になれるっていう考え方が結構強くて、私もそういうふうに育ってきたんだと思います。
無理だと思っていた文学の専門的な授業にも挑戦してみました。
―2回日本に留学して、文学の研究もできると思いました。日本文学を読む授業と文学を分析する授業を取って、まあちょっと挑戦してみようと思いまして、結構うまくいきました。それがきっかけで、文学の研究って無理じゃないなって、やっぱりできるかもしれないなと思うようになりました。
もっと勉強したいけど、時間とお金の問題があります。
―国の大学の必要な科目を全部終えて、卒論と卒業試験だけが残っていますけど、大学の情報システムを見たら、今は5回生。留学のときも国の大学に在学しなければなりませんっていうこともありますから。2年半も卒業が遅れるけれど、できれば大学院いきたいんです。正直言うと、できれば日本の大学院に進みたいと思いますけど、問題が一つありますよ。お金です。奨学金をもらうことができればいけると思いますけど、でも、やっぱりバイトしながら大学院のレベルの勉強をするってちょっと無理だと思います。
できれば翻訳のための研究をしたいです。
―あと、学者はさすがに私には無理かもしれないと思っていて、もし無理なら、せめて翻訳家になりたいです。それに、文学の研究やりたいからやってるっていうわけじゃなくて、ちゃんとした翻訳を将来やりたいので研究をやりたいっていう気持ちが一番強いです。研究のための研究ってことは、ちょっと苦手です(笑)
仕事にするにしても大変かもしれません。
―ただ、文学の翻訳だけで生計を立てることは、難しいというよりできません。生きていくってできません。ですから、ほかの仕事しながら、たまに翻訳翻訳することができれば、まあ理想的だなと思います。チェコ人の日本語翻訳家はみんなそうしていますけど(笑)、私もそうしようかな。
(終わり)