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Start a dialogue with people living in Japan ...

2021.01.14

張さんーどっちでもありたいっていうのは欲張りな感じがします。

ちょうさん―どっちでもありたいっていうのは欲張よくばりなかんじがします。

 

まれたのは台湾たいわんです。台湾たいわんまれて、でも飛行機ひこうきになれるとしさんげつのときにはもう日本にほんに。

 

ちょうさんは、日本にほん社会しゃかい日本にほん文化ぶんかなかそだち、いま日本にほん大学だいがくかよっています。

 

京都きょうと市内しない本当ほんとうむかしから町内ちょうないかいとかあるところにんで。だから、京都きょうとならではの地蔵盆じぞうぼんとか、町内ちょうない区民くみん運動会うんどうかいとか、そういうのがずっとあるところでそだちました。おてらなか保育園ほいくえんそだったので、もしかしたら日本にほんよりも日本にほん行事ぎょうじとか文化ぶんかとかそういうのはすごい敏感びんかんかも。

 

わたし普通ふつうきてると台湾たいわnじんってあんまりばれません。

 

かくしてるわけじゃないんですけど。かんがいいかた名前なまえで、あ、ちょうさんっていうことはってなります。でも、中国人ちゅうごくじん?ってかれるときに、台湾たいわんやねんっていうのはかるいますね。いや気持きもちってわけじゃなくて、ちょっとちがうんだよっていう気持きもちがあります。

 

日本にほんることになったことの発端ほったんはおとうさんなんですよね。

 

―おとうさんが日本にほんがすごいきで、日本にほん文化ぶんかき、おてらとかがきっていう学生がくせいやって、おとうさんが日本にほん興味きょうみあると、日本にほんに行きたいなっていうのを台湾たいわん親戚しんせきとかお友達ともだち相談そうだんしたところ、ちょうど日本にほんいがいるから、そのひとにお世話になったら日本にほんけるよっていうので、そのおばあちゃんとって。さん月間げつかんをおてらごしてはって、台湾たいわんかえをなくしたみたいで、もうぼく日本にほんに住むつもりやねんけどっていうので、おかあさんも、わかった、じゃあ日本にほんくよっていうことで。

 

とうさんはらないうちに日本にほん興味きょうみっていたみたい。

 

台湾たいわんらしてると日本にほん文化ぶんかちかいというか、おじいちゃんがすごく日本にほん演歌えんかが好きで、演歌えんか日常にちじょうにあるなかそだったから、らないうちに日本にほん興味きょうみがあったってってました。

 

日本にほんむってまったときは大学だいがく留学生りゅうがくせいとしてはいるっていうことにしはって、結局けっきょくその大学だいがく9年間きゅうねんかん博士はかせまで。

 

―ママは日本にほんまえ台湾たいわんでも普通ふつうにお仕事しごとしてて、音楽おんがく先生せんせいっていうのをやってはったんですけども、もうそれをめて日本にほんにきて。ママも大人おとなになってから日本にほんて、京都きょうと日本語にほんご学校がっこうにも2人ふたりかよって。

 

町内ちょうないかいのこってるようなところにしてきたから、わっ、外国人がいこくじんたみたいなかんじでられてたみたいです。

 

―ただ、だからといってママたちの態度たいどわらないわけで、普通ふつうにご近所きんじょさんとして人一倍挨拶ひといちばいあいさつはしてたみたいで、ったら絶対ぜったいこんにちはってうようにしてて、片言かたことでも思案じあんにはならなかったみたいで。だから徐々じょじょ仲良なかよくなって、いまでは町内ちょうないかたれて台湾たいわん旅行りょこうくぐらいに。

 

いま両親りょうしん中国語ちゅうごくご先生せんせいをやってます。

 

学校がっこう以外いがいにも個人こじん経営けいえいでもやってまして、うち教室きょうしつ1個いっこ部屋へやですけどね。

 

教室きょうしつはじめたころは近所きんじょのおじいちゃん、おばあちゃんに心配しんぱいされてたみたい。

 

生徒せいとさんの出入でいりがすごくあるんですよね、うちに。そうなると、近所きんじょのおじいちゃん、おばあちゃんっててはるんですよ、うち出入でいりするひととか。それこそ、共働ともばたらきになるので、わたしいもうとだけがいえにいる時間じかんとか、おとうさんとおかあさんがかえってきはったなっていうのをすごい全部見ぜんぶみてはって、だから遠回とおまわしに言われるというか、最近さいきんいもうとさんと2人ふたりいえにいる時間じかんおおいみたいやけど大丈夫だいじょうぶ?とか、おかずってきはって。心配しんぱいプラス、なんでこのいえはこのスタイルなん?みたいなんが一時期いちじきあったというかはだかんじるというか。だから、その対策たいさくとして、いえまえにおっきい看板かんばんつくらはったんですよ、中国語教室ちゅうごくごきょうしつっていうのを。

 

わたしのおかあさんは中高ちゅうこうのとき人気者にんきものでした。

 

わたし小中高しょうちゅうこう全部ぜんぶいまいえ付近ふきんなので、みんなママちゃんにいにく、わたしのママ、ママちゃんってばれてるんですけど、中高ちゅうこうとみんなに人気にんきでした。ここで台湾たいわんのお茶一緒ちゃいっしょんでいきとか、けっこうみんなも台湾たいわんのおうちてるっていう感覚かんかくてるからこそ、たのしんで興味きょうみってせっしてくれるおおいので。なので、いじめられたりとかっていうのはわたしいもうともまったくないですね。

 

小中高しょうちゅうこうわたし担任たんにんをしてきてくださった先生せんせいはみんないいひとで、もう本当ほんとうにいいひとというか、なんやろう、うん、いいひとでした。

 

わたしいままでの全部ぜんぶのクラスで学級がっきゅう委員長いいんちょうをやってるんですよ。それをれてくれるクラスもそうですし、先生せんせいも。たぶんわたし積極せっきょくてき性格せいかくっていうのはわかってるので、最初さいしょ1年生いちねんせいのときに、じゃあ学級がっきゅう委員長いいんちょうめようってなったとき、だれげないじゃないですか。じゃあ、やりますみたいなかんじでやりはじめてたのが、もうほんまに全部ぜんぶやってます、学級がっきゅう委員長いいんちょう

 

どものころは、夏休なつやす絶対ぜったい台湾たいわんのおばあちゃんちにかえって3か月さんかげつぐらいいるっていうのが、うち行事ぎょうじでした。

 

小学校しょうがっこうときはすごいそれがいやで、夏休なつやすみにしかない行事ぎょうじとか、それこそプールとか合宿がっしゅくとかそういうのに参加さんかしたいのに台湾たいわんかえらなあかん。一人ひとりいていかれて、で、両親りょうしんかえらなはって、パパ、ママ毎日まいにちきたらいいひんから、おばあちゃんにママは?っていたら、いや、明日あしたかえってくるよっていうのが3か月さんかげつみたいな。



そんななかそだってきたので、わたし中国語ちゅうごくご日本語にほんごと、あと台湾語たいわんごはなせますが、日本語にほんごがいちばんはなしやすいです。

 

―おばあちゃんがうには、わたし日本語にほんごしかしゃべれなかったみたいで、中国語ちゅうごくごの文法も日本語にほんごの文法でしゃべってて、でも3か月さんかげつたてば、ちゃんと中国語ちゅうごくごになって、で、また日本にほんかえって、つぎとしかえってきたら、また日本語にほんごしかしべれへんみたいな。台湾語たいわんごは、おじいちゃん、おばあちゃんはやっぱり台湾語たいわんご一番いちばんしゃべりやすいから、いてるうちに理解りかいはできるようになって。

 

こんなかんじでいてきぼりにされているうちに中国語ちゅうごくご台湾語たいわんごが身につきました。

 

うちではパパとママはもちろん中国語ちゅうごくご一番いちばんしゃべりやすいんで中国語ちゅうごくごでしゃべってて、でも日本語にほんご時々ときどきじってっていうので。でも、中国語ちゅうごくごでしゃべりかけられても絶対ぜったい日本語にほんごかえしちゃうんですよ。単に日本語にほんごかえすほうがらくやし、もちろん日本語にほんごかえすけどこうからかえってくるのは中国語ちゅうごくごです。

 

たがらく言語げんごでしゃべってるかんじはしますね。

 

―でもおこられてるときは、日本語にほんごおこられ始めて中国語ちゅうごくごになって、最後台湾語たいわんごになるので、おこられてるうちに、あ、やばい、中国語ちゅうごくごになった、あ、やばい、台湾語たいわんごになったっていう。

 

ただ、いもうと台湾語たいわんごまったくわからないってってて。

 

―おじいちゃんとおばあちゃんとらしているとき、いもうとからするとわたしがいるので、日本語にほんごでしゃべる機会があるんですけど、わたしがちっちゃいときはいもうとがまだいなくて日本語にほんごしゃべる相手あいてがいなかったので、気合きあいのかたちがうというか。いもうと中国語ちゅうごくごはそれこそ日本にほんがしゃべってる中国語ちゅうごくごっていうかんじがします。

 

大学だいがくはいってから台湾たいわん留学りゅうがくっていろいろがついたことがありました。

 

去年きょねん台湾たいわん留学りゅうがくってよかったのは、わたし日本人にほんじんなんやなっていうのはぎゃくおもって。いざってみると、台湾たいわん同級生どうきゅうせいというか、みんなからしたら日本語にほんごもしゃべれる台湾人たいわんじんっていうので、すごい友達ともだちもできましたし、すごいたくさん興味きょうみってくださって。

 

ずっと日本にほんにいるから、きざまれてるなにかがあるんでしょうかね。

 

―この留学りゅうがくわって、また台湾たいわんかえってきてみたいかっていうとそうではなくて、やっぱり日本にほんんでて旅行りょこう台湾たいわんかえるとか、台湾たいわん友達ともだちねん1回いっかいいにくっていうスタイルのほうが。おとうさん、おかあさんはわたしいもうとはなれたら、2人は台湾たいわんもどってごしたいというのはってはります。でもわたし日本にほんかえる、日本にほんあそびにくじゃなくて、日本にほんに住んでて台湾たいわんかえるっていうのがいてるごしかたなのかなっておもってます。

 

自分じぶん台湾人たいわんじんではあるんやけども、なりきれていないない台湾人たいわんじんなんやっておもいました。

 

―留学してたとき、向こうの友だちが私は台湾人たいわんじんやのに日本人にほんじんみたいやし、でも、しゃべってる言葉ことばえらびとか、すごい台湾人たいわんじんがしゃべる中国語ちゅうごくごでしゃべってるよねっていうのはってくれてたので、わたし台湾人たいわんじんになりきれていない台湾人たいわんじんかな。日本人にほんじんではないよっていうのはすごいってくれてたので、自信じしんにはなった。

 

大学だいがく言語げんごけい授業じゅぎょうとかけるにつれて、たしかにちが自分じぶんっていうか、いるなっていうのはづきはじめてます。

 

中国語ちゅうごくごはなしてるときの自分じぶんって、すごいつかわない、無防備むぼうび、いい意味いみでもわる意味いみでも、中国語ちゅうごくごってすごいストレートにはなせる言語げんごっていうかんじがして、だからそれが裏目うらめることとかもあるかもって。

 

そういえば、バイトのときは日本語にほんご上手じょうず台湾人たいわんじん中国語ちゅうごくご上手じょうず日本人にほんじんになってます。

 

―バイトしてるとき、名札なふだちょうっていてるんですよ。なので台湾たいわんのおきゃくさんがはったらもちろん台湾語たいわんご接客せっきゃくしますし、台湾語たいわんごのときは、へえ、おねえさん台湾人たいわんじん?ってかれたらそうですよみたいな。日本にほんかたられたときに、あ、おねえちゃん日本語にほんご上手じょうずやんってわれたら、あ、はい、みたいな。日本語にほんご上手じょうずやんの方もいれば、中国語ちゅうごくご上手じょうずやんっていう方もいらっしゃって、おねえちゃん中国語ちゅうごくご上手じょうずやんっていうときは、あ、台湾人たいわんじんなんですとはわずに、あ、はい、ありがとうございますみたいなかんじで。中国語ちゅうごくご上手じょうず日本人にほんじんっていう設定せっていでやってます。

 



わたし日本人にほんじんなんですってうことはあるかな。

 

友達ともだちはなしてて、わたし台湾人たいわんじんってわかってるときとかに、ちょうさんは日本人にほんじんじゃないしわからんよなみたいなながれになったとき、いや、そうでもないけどなって。なん日本人にほんじんじゃないんやけども、日本にほんそだってるしその感覚かんかくがあるから、わからんくはないよっていうふうになるときは日本人にほんじんとおんなじだよって。

 

だから、本当ほんとう欲張よくばりなかんじがします、自分じぶんが。どっちでもありたいっていうのは。

 

むかしわたし何人なにじんでもないしっていうかんじやったんですけど、いまはな相手あいてによってどっちでもあるから。いま台湾人たいわんじんにも日本にほん人にもどっちにもなれるっていうのがやっと自信じしんもってえるようになりました。

 

でも、やっぱりどっちのくにきやからこそですよ。

 

―だから、するひとたちのお手伝てつだいができたらなとか、もちろん日本にほんんでて、日本にほんんでる台湾たいわん中国ちゅうごくなやんでることがあったら、なん元気げんきにしてあげたいなっていう気持きもちがいっぱいあります。

 

わり)